永井 秀 (Shu NAGAI)

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永井 秀(Shu NAGAI)は、1958年7月8日生まれの日本のプロミュージシャンです。ピアニスト・アレンジャー・作曲家であり、弾き語り・ジャズピアノを得意としていました。2019年1月29日、肺がんにて病気闘病中のところ、享年60歳で逝去されました。

永井氏は、幼少時にバイオリンの英才教育を受けたのち、創業時のローランドに入社、20歳の頃にはローランドを退社し、そこからの3か月間でピアノを独学で習得したそうです。若い頃は、有名歌手のバックで演奏したり、堀内孝雄さんと同じ事務所に所属し、いろいろな方とセッションしたそうです。

その後、大阪府堺市でペントハウス(penthouse)という喫茶店を経営するかたわら、ナガイ音楽院を主宰し、多くの後進を育てました。弟子の中には、プロミュージシャンとして活躍中の馬場健二郎氏、五十嵐はるみ氏などがいます。

永井氏は本業の他に、カナダの仲間と地雷除去の応援のCD制作や募金活動をするなど、ボランティア活動もされていたそうです。

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永井氏の曽祖父は、音大の創始者だそうです。永井氏が演奏しているのは、日本最古レベル・博物館クラスのスタインウィンウェイピアノです。​

​ここに紹介する4枚の写真と永井氏の略歴は、ナガイ音楽院の岩本健聖氏によるものです。

福瀬 美夏 氏 談

私と永井先生の出会いは約4年前、たまたま私の姉が永井先生のお店でアルバイトをする事になり、そこで姉が「歌の大好きな妹がいる」と言うと、永井先生から「すぐ来るように」と言われ、私が行くなり、歌わされました。永井先生のお店「ペントハウス」に行くと、誰もが強制的に歌わされましたが、居心地が良く、私や岩本さん、その他大勢の歌仲間たちは永井先生の所に入りびたりでした。
私は小さい頃から歌が大好きで歌手になるのが夢でしたが、すごく気が小さいので人前で歌うと、とても緊張してしまい、最初の一歩が踏み出せずにいました。でも、永井先生と出会い、練習に励み、永井先生からお仕事をいただけるまで成長しました。本当に永井先生には感謝の気持ちでいっぱいです。

永井先生は最後の方はものすごくしんどかったらしいのですが、みんなに心配をかけまいと無理して気丈に振る舞っていらっしゃったみたいです。

私が永井先生に最後にお会いしたのは1月20日でした。さすがにしんどそうでしたが、それでもみんなのためにピアノを弾き指導してくださっていました。

本当に自分よりも他人のことをとても大事にされる方でした。

                                 2019年2月1日

Curewell Projectとの関係 by Curewell

Curewell Projectと永井氏の出会いは、2017年7月、インターネットのナガイ音楽院のHP上でした。その直前の6月に、永井氏には病気が判明しておりましたが、その後も精力的に音楽活動を続けておられました。

Curewell Projectと永井氏とのメールでのやり取りは、私が2019年1月13日に依頼した"Way to SHONAN"のミックスダウンのため16日まで続きました。15日からひき続いて2回目の修正をしてくださった後、最後のメールで完成を喜んでくださいました。その文面からは、いつも通りの様子でしたが、実際には厳しい病状だったそうで、27日に危篤状態となり、28日には一旦ご自身で電話ができるまで回復したそうですが、1月29日の早朝、残念ながら帰らぬ人となりました。​

永井氏は、Curewell Project、そして「サポートメンバーN隊員」として東京探検隊2018に参加してくださり、闘病中にもかかわらず、多くの曲のアレンジと演奏をしてくださいました。永井氏は、私の無理難題に快く応えてくださり、私の意図以上の作品を制作してくださいました。生前にお会いして、お礼をお伝えできなかったことが悔やまれます。

蛇足ですが、Curewell Projectというバンド名は、私が最初に永井氏に楽曲制作を依頼し、動画制作の構想を練っている中で、思いついた名前です。

​悲しみの水辺

The Water is Wide

​歌・演奏  永井 秀

​アメイジング・グレイス

 Amazing Grace

​歌・演奏  永井 秀

​テネシー・ワルツ

 Tennessee Waltz

​歌・演奏  永井 秀

© 2019 Curewell Project.