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             【 サスペンス小説 】

 

                     少 年

 40年前、ある国で新型電池の原料となるX鉱石が発見された。それは従来の電池の性能を数万倍も向上させるものであり、その利権をめぐる争いが発端で、隣国との間で戦争が起きた。

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 国境近くの村で、兵士による民間人に対する虐殺事件が起こった。10歳の男の子は、無抵抗の両親が銃で撃たれて死ぬのを、家具の後ろに隠れて見ていた。笑いながら両親を撃った兵士は、彼の名を呼ぶ上官の声に振り向いた。兵隊たちが去ったあと、少年はその兵士の顔と名前を心に刻んだ。

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 それから時が経ち、2つの国は戦争終結を宣言し、両国の人々が待ち望んでいた平和がようやく訪れた。戦後の条約によって両国の国民は、互いの国を自由に行ききできるようになった。そんな中、C社が急成長し、X鉱石を使った新型電池は世界でトップシェアを占めるまでになった。

 C社の副社長は、礼儀ただしく、大学を首席で卒業し、大学院でMBAを取得した優秀な人物であった。彼が入社したばかりの頃、「X鉱石の高性能化に関する産学軍の国家プロジェクト」が立案された。メンバーに抜擢された彼はみるみるうちに頭角を現し、やがてプロジェクトリーダーとなり、その成果はC社にめざましい発展をもたらした。彼の功績を高く評価し、心から信頼した社長は、彼を異例の早さで副社長に指名した。新聞や経済誌には、社長と副社長とが仲良く笑顔で握手する写真が掲載された。世間の誰もがこの二人の成功を羨んだ。

 ある日の朝、C社の社長が突然、逮捕された。それと同時に同国軍の参謀も逮捕された。取り調べによって分かったことは、二人は共謀し、戦勝国の立場を利用してC社は隣国から不正に安い値段でX鉱石を仕入れ、隣国に建設した工場では低賃金と事故が多発する劣悪な環境の中で人々は働かされていたことであった。この不正が分かったのは、C社の上層部の誰かによる内部告発によるものである、とだけ報道された。

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 その後、C社の社長と参謀は戦争中に同じ部隊で戦った上官と部下であり、この部隊が戦争中に隣国の村で無差別殺人を行っていたことも明らかにされ、C社は世界中から非難を浴びることとなった。C社の業績はみるみるうちに傾いたが、幸いにも同業他社から吸収合併の申し出があった。C社経営陣は単独での会社存続を主張したが、その反対を押し切ってC社の副社長は吸収合併の合意書に署名した。こうしてC社の何千人もの従業員は解雇されずに済んだ。

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 それから何年か経ち、人々の記憶からC社の事件が薄らいでいった。
 バカンスの時期が終わり、涼しい風が吹くようになったある日、経済誌のプレスカードを胸に下げた一人の男性記者が国境近くの山間の街の駅に降り立った。この地方では近くで採掘される白く美しい石で建物が建てられていたが、この白い石が戦前にX鉱石であることが分かり、この街が戦争に巻き込まれる原因となってしまった。

 戦後になって人々は記録と記憶をたどり、古い街並みを再建した。やがて次第に有名となっていったこの街は「X鉱石の美しい村」として世界遺産に登録され、多くの観光客が訪れるようになっていた。

 「戦後の復興はX鉱石の採掘がもたらした好景気によるものであるとは、皮肉なものだな」と彼は思いながら、この街を巡るためにタクシーに乗った。

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 観光を終えたタクシーが街を出ると、郊外の丘に白い墓標が無数に立っているのが見えた。「あの墓標はなんですか」と記者は運転手に尋ねた。「昔、ここは戦場だったんですよ。このあたりで採掘されるX鉱石が価値のあるものだと分かってから、長い戦争になってね、何の罪ものない多くの村人が虐殺された墓標なんです。私の両親もあの時に殺されましてね、私の両親を殺した男の顔を私は今でも覚えています。その後、そいつがC社の社長になるとは思いもしませんでしたがね。いつか会ったら撃ち殺してやろうと思っていましたよ」とタクシー運転手が運転しながら答えた。

 記者は、「C社の事件を覚えていますか。私はその事件が今でも気になって、事件の発端となったこの村に取材に来たのです」とつぶやいた。白髪まじりの初老の運転手は、「ええ、そんな事件があったようですね。X鉱石なんて、このあたりではどこにでも転がっているただの石ですよ。そんなものをめぐって、大勢の人が死んだ。元社長は私が撃ち殺すまでもなく、会社の不正と戦争犯罪で捕まって終身刑だそうですね。今では覚えている人は少ないでしょう。ましてやこの田舎ですからね」と答えた。

  タクシーが駅に着いた。記者は料金を支払って、タクシーを降りようとした。振り返って記者におつりを渡した運転手の顔に、なぜか見覚えがあった。帰りの列車の中、記者は見覚えのある顔が気になって、記憶をたどった。そして、自分が撮影した経済誌の記事のC社の社長と副社長が並んで写っている写真を思い出したのだった。

                あとがき

 21世紀の現代においてもなお、世界中で戦争や紛争が絶えません。一日も早く誰もが戦火に怯えることのない平和な世界が訪れることを祈って、本作品を書きました。​なお、この物語はフィクションであり、実在の国・企業・人物・事件とは一切関係がありません。また、写真の引用元はPixabayです。​

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